輪廻

輪廻 (角川ホラー文庫)
 主人公杉浦渚(優香)は映画女優であり、彼女は記憶というタイトルの映画撮影に参加している。過去の大量殺人事件に強い興味を持ち、過去の正確な再現に異常に執着する映画監督(椎名桔平)によって行われるこの映画撮影は、過去を現在に蘇らせる、そして前世の記憶を呼び起こすための儀式となってしまう。映画の現場にはカメラの後ろにいる監督の視点があり、被害者を演じる女優の視点がある。一方、過去の事件には加害者の視点から見た場面と被害者の視点から見た場面があるはずである。時々彼女の脳裏に蘇る前世の記憶が誰の視点のものなのかが、この映画のミステリーの中心点である。セットで作られた、方向感覚を失わせるような曲がり角の多いホテルの廊下が、視点を混乱させる役割を果たしている。
 この映画で彼女が体験する恐怖には二つある。一つは従来のホラー映画と同じように、身の回りで起こる不気味な現象や幽霊に脅える恐怖である。もちろん清水監督はうまく演出しているし、優香のおびえる演技もすばらしいが、この映画における恐怖はそれだけではない。
 後半、加害者が殺人を犯しながら撮影した8ミリビデオが出てくる。この映像を見て観客が感じるのは、殺人鬼に追いかけられる恐怖とは違う、もっと気味の悪い感触である。殺人鬼の一人称で見られた風景は8ミリの粗い画面によって私的な感じが強まり、そこに前半写っているくつろいだ雰囲気が一層後半の殺人を陰惨なものにしている。子供の前で普通の父親から殺人鬼へと変貌する彼の視点で、殺される時の恐怖にひきつった被害者の表情を見るのは、観客にとって気味の悪い体験である。殺される恐怖ではなく、殺されたものの恨みを感じる恐怖がここにはある。
 映画の後半に優香が感じる恐怖は、内に眠る前世の人格に彼女自身が気づいていくときの恐怖である。彼女が演じる少女の視点から見た風景に、この前世の記憶が重ねられるとき、もはや杉浦渚の人格が残る余地はない。だから終盤で彼女が見せる恐怖の表情は人格が崩壊して発狂していくものの表情であり、優香はそのプロセスを見事に演じている。