力道山


 この映画で、力道山ソル・ギョング)は日韓双方の観客の安易な感情移入を拒む怪物として描かれている。冒頭、相撲部屋で朝鮮人であるという理由でリンチされる場面では確かに抑圧される被害者だが、彼はそんな位置に甘んじるスケールの人間ではない。逆にリンチの首謀者を脅して味方につけ、有力な後援者管野(藤竜也)を得るための作戦に組み込んでしまう。
 神社に参る場面や自転車に乗る場面など 妻の綾(中谷美紀)との美しい場面がいくつかある。しかし二人の関係は美しい夫婦の物語になっているわけではない。レジャー施設の建築などほとんど誇大妄想に近いような上昇志向と、引きづり落とされることへの不安が入り交じった彼の精神状態と有り余るエネルギーは、平穏な家庭生活を破壊してしまう。彼の周りにいる人たちは彼の魅力に引きつけられながらも、その並外れたエネルギーの暴発についていけない。
 相撲部屋で差別的な扱いを受けた力道山は、しかし朝鮮人を代表するという立場に立っているわけでもない。確かに彼の中には故郷の風景がいつまでも残っている。しかし同時に、そこには二度と戻らないという決意を固めてもいる。古い友人の焼き肉屋で、彼は友人に朝鮮が自分に何をしてくれたと語る。もし残っていたら朝鮮戦争の玉除けにされて死んでいただろうと。彼は日本人の代表、ヒーローとしてリングに上がりアメリカのレスラーと戦う。彼はその役割を引き受け出自を隠しながら戦い続けるが、元柔道選手や元横綱など他の日本人に取って代わられるかもしれないという不安がつねにつきまとう。彼が広い野原の前で夢を語る場面では、そばに運転手吉町(萩原聖人)がいるものの、孤立感を漂わせている。施設建築などの大きな夢は、本当の居場所を持たない彼にふさわしい夢なのかもしれない。
 ソル・ギョングの演技は、リング上で本物のプロレスラーと並んでも見劣りしない殺気を漂わせていて、時々ぎこちなくなる日本語さえ、主人公が孤独な怪物であることを印象づけるのに役立っている。