県庁の星


 他の建物よりも飛び抜けて高い県庁と平べったい形の三流スーパーが示すように、官の世界と民の世界は明確に色分けされている。この明確な色分けは登場人物の造形にも表れていて、県議会議長や癒着する大手建築会社などは時代劇で言えば悪代官と悪徳商人であり、スーパーで働いている人たちは頼りないところやいい加減なところもあるけれど憎めない下町の人たちということになるだろう。織田裕二の婚約者が住んでいる建築会社社長の家と柴咲コウがすんでいる公営団地、彼が乗る高級車と彼女が乗る自転車など、娯楽映画としてのわかりやすさに徹した構成になっている。主人公の婚約者のエピソードなど、官の世界の描写にあまりにステレオタイプだなあと思わせるところもあり、リアルさには欠ける。ただ、テレビ時代劇と違って悪を成敗すればいいと言うわけではないので、その点はうまく工夫して、県庁とスーパーそれぞれの世界でうまくクライマックスの場面を作っている。
 ただ官が悪者になるだけではもっとつまらない話になっただろうが、この映画では民間の側の問題点も描かれている。コスト意識に欠けるのが官の側の問題だとすれば、民間の側の問題はコストを最優先して安全や生命を軽視する点にあり、スーパーが危機を迎えるのもずさんな管理体制のせいである。だから主人公が施設課から生活福祉課に移ったのは象徴的で、彼のこれからの仕事は、スーパーの改革の時のように、コスト意識優先で切り捨てられるような人たちを官の側からサポートすることになるだろう。ダイヤ過密による列車転覆、アスベスト、建築偽装など官のチェックをすり抜けて起こる事故が多発しているだけに、この設定はなかなか身近で面白い。
 主人公二人が対立から和解へ向かうプロセスを織田と柴咲がお互い持ち味を出して演じている。彼の滑舌がしっかりしてメリハリのきいた演技は最後の県議会での演説の場面などで十分発揮されている。柴咲は対立しているときのプンプン怒った顔(ただし、客に嫌悪感は抱かせない)から、相手への好意がにじみ出してくるまでの表情(ただし、相手に媚びているようには見えないところがいい)の変化をいつものように見せてくれる。