蝉しぐれ

蝉しぐれ プレミアム・エディション [DVD]
 同じ藤沢周平原作でも、山田洋次監督のものとは趣がちがうのが面白い。黒土三男が強調しているのは主人公たちを取り巻く自然の様々な姿である。川を決壊させる豪雨、冬の吹雪、そして死体を容赦なく腐らせていく猛暑など、その過酷さが前半では強調される。しかしその一方、海や川のきらめきなど、叙情的な自然の姿も何度も挿入される。
 一番心を動かされる場面はやはり文四郎が父の死体を載せた大八車を引いて坂を上る場面だろう。坂道の上に走ってくるおふくの姿が見える瞬間はすばらしい。主人公二人の恋愛感情は二人が子供のときに形成されるので、子役の二人(石田卓也佐津川愛美)は非常に重要なのだが、二人とも芸達者というわけではないが、強い眼差しが印象的でよかったと思う。
 一方、大人になってからの二人(市川染五郎木村佳乃)は、所作の美しさが強調されている。特に市川染五郎は正統派の時代劇の衣装が本当によく似合っていて、刀を使う動きもスムーズで美しい。殺陣の場面は、血が大量に出たりしてリアルさを強調しているのだが、ここという場面は型の美しさが強調されている。(ただし敵役の所作に変な画面処理をしているのには違和感をもった。)最後に二人が対面する場面で、二人が美しい所作を崩すことなく気持ちを伝えるところは、この二人の一番の見せ場になっている。
 ただ、問題は20年という時間をいかに2時間の中で処理するかということだろう。実際、上で述べた場面で時間がかなり経過していることが、観客に伝わりにくい。会えない時間の重みというものがあまり感じられないので、二人が時を隔てて再会するということが二人にとってどれほど大きな出来事なのかということが、画面から感じとりにくい。