シンデレラマン

シンデレラマン [DVD]
 主人公ジム・ブラドック(ラッセル・クロウ)の戦いの場はリングだけではない。世界大恐慌の時代、アイルランド移民にとって子供と妻と共に生きていくことそれ自体が戦いとなる。数々の故障を抱え、それでもリングに上がりブーイングを浴びながら無様な試合を続けるのは、ボクシングが自分の野心のためというよりも、むしろ家族と共に生きていくための手段だからだ。貧しい生活には常に悪への誘惑がある。肉屋で万引きをした息子を頭ごなしにしかるのではなく、自分が親から必要とされていることを相手の目を見て言い聞かせる場面は、この偉大なボクサーのリング外の戦いの一つである。また、電気代を払えず子供の健康状態が悪化しているとき、かつての同僚たちがいるバーに恥を忍んで物乞いに行く場面もまた、子供を手放さないための勇気ある戦いの一つである。
 妻メイ(レネー・ゼルウィガー)ももちろん生活のための戦いを続けている。少ない収入で子供三人を育てることは非常に困難な闘いであり、それはミルクを水で薄めたり裁縫したりしている彼女の家事の様子に現れている。彼女は夫に守られてばかりの弱い女性ではない。夫の体を心配して夫のトレーナーの所に怒鳴り込みにいき、夫を侮辱した世界チャンピオンには水をぶっかける。そして、夫が死んでしまうかもしれないという恐怖、葬儀の悪夢との戦いが彼女にはつきまとう。試合前の「家に戻ってきて」という彼女の一言が、彼女の心情を痛切に表している。ブラドックの試合場面が生々しいのは、撮影技術や俳優の熱演ももちろんだが、夫を心配し見守る彼女の心情が細やかに描かれているため観客の我々も同じような心情で試合を見つめてしまうからだろう。
 彼の家族のための戦いは、世界大恐慌で打ちひしがれていた人々にとって大きな意味を持つようになる。つい先日まで同じ食糧配給の列に並んでいた男の戦いに、会場、通り、教会、いろんな場所で声援を送る人たちがいる。フーバー村に行く友人、失業率の高さ、株の暴落、労働者の暴動、道を横切る貧しい家の子供と裕福な家の子供の落差など、当時の社会情勢は背景として細部にわたって描かれており、主人公の戦いをよりリアルなものにしている。
 最後のエピローグでも強調されているのは、彼が労働者として、父親として生きたことである。彼の勇気は世界戦のリングでだけ発揮されたわけではない。ロン・ハワードが丹念に演出した一つ一つの小さな日常のエピソードに、それは描かれている。