愛についてのキンゼイ・レポート

愛についてのキンゼイ・レポート [DVD]
 観察者は観察対象に対して一定の距離を置いて客観性を確保する。しかし人間の性が研究対象になったとき、観察者は自らを実験台にする危険をおかすことになる。モラルに挑戦する調査はキンゼイの夫婦生活、研究員たちの私生活に影響を及ぼしていく。キンゼイ(リーアム・ニーソン)と研究助手の学生(ピーター・サースガード)との同性愛によって夫婦関係がゆらぎ、フリーセックスを実践する研究員同士が嫉妬からつかみあいの喧嘩をし、キンゼイは自らの体を傷つけるに至る。
 モラルや社会的規範を一度取り除き、科学的に人間の性行為を観察するというのが彼の方法論だが、その方法論は当然彼と周りの人間の性生活の規範を揺るがすことになる。そこでは何が許され何が許されないのかが見えなくなる。性犯罪者が自らの少年少女に対する強姦体験を得意げに語るとき、キンゼイに同行した若い研究員(クリス・オドネル)は嫌悪感を抑えきれない。彼らは他人の性行為を記録し、研究員自身も実験台としてカメラの前で性行為を行う。しかし性行為に伴う恋愛感情や独占欲を完全に抑えることはできないことを、キンゼイ夫婦や研究員たちの生活が証明している。
 何かを失いそうになる彼らの中にあって、唯一人間的な感情を保ちながら夫の実験を支え続ける妻クララ役のローラ・リニーは、演技達者な俳優たちのなかでも際立っている。キンゼイ自身も常に「科学的」でいられたわけではなく、感情によって揺り動かされる。反発していた厳格な父(ジョン・リスゴー)から、インタビューによって父が味わった幼少のときの屈辱的な体験を聞きだし、父を理解する場面はすばらしい。そこでキンゼイは抑圧者が実は犠牲者でもあったことを理解するのだ。また、性に関して解放的なキンゼイが羞恥心をもつ年頃である息子と口論する場面では、自由を求めているキンゼイ自身が結局抑圧的な父になってしまっている。本の数値化されたデータを見ているだけではわからない、本を出版するために努力した彼らの矛盾した人間的な心理と行動がこの映画の魅力である。
 この映画のもう一つの魅力は当時の状況と今の状況の類似性だろう。レポートに対して反発した勢力は、今ではこの映画の上映に対する反対運動として現れている。映画の終盤にでてくる、キンゼイに感謝の気持ちを表す同性愛者の老婦人(リン・レッドグレーブ)のような人々が、現代でも抑圧の下で苦しんでいる。