ヒトラー 〜最期の12日間〜

ヒトラー ~最期の12日間~ スペシャル・エディション [DVD]
 第3帝国やナチズムに関するヒトラーの演説を聞いて熱狂的に彼を支持した大衆は自分が強者になったような快感を感じていたのだろうが、ヒトラーにとっては他民族だけでなく国民の大半は弱者であり、だからソ連軍の進行の際、市民を非難させる手段をほとんど講じていない。この映画で描かれている地下要塞には軍事作戦用の地図や壮大な都市計画のミニチュアがあり、そこでは国民など取替え可能な駒にすぎない。ヒトラーブルーノ・ガンツ)もゲッベルスウルリッヒ・マテス)もともに国民が自分でこの道を選んだのだと、国民の自己責任を口にする。
 地下要塞には一人の男の発する磁力が渦巻いていて、自分と自分の理想が滅びるとき、多くの人間を一緒に墓場まで引きずりこんでいく。多くの人間が「自分の意思で」総統とともに留まることを希望し、軍人ではない秘書ユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)までが毒薬を総統に懇願する。地下本部内で総統と結婚し共に自殺するエヴァ・ブラウンユリアーネ・ケーラー)、自分の子供たちを墓場まで道連れにするゲッペルス夫妻の姿はヒトラーの磁力の恐ろしさを感じさせる。特に子供たち一人一人に毒薬を飲ませていくゲッベルス夫人(コリンナ・ハルフォーフ)要塞内の多くの人間が「終わり」を予感しているが、誰も総統を止められない。あきらめて自暴自棄になり酒に溺れるものもいれば、自らの地位の保全に奔走するもの、そして最後まで市民を救う努力を続けるものもいる。彼らはみな同じような軍服を身にまとっているのだが、「最期」のときを前にするとそれぞれの人間性がむき出しにされる。
 ヒトラーの死後も映画は続くのだが、ここで彼が他者を縛る呪縛の大きさが分かる。戦争終結後もヒトラーの呪縛から逃れられない一人の外交官は、ヒトラーに言われたとおり服毒自殺する。一つの理念を通してしか世界を見られなくなっている人間にとって、理念の崩壊は死と同じ意味を持つのだろうか。一方、戦場から離れ自転車で緩やかに移動する少年兵とユンゲには、呪縛の圏外へと逃れることのできた人間の身軽さが感じられる。