ライフ・アクアティック

 ベラフォンテ号の中には様々な人種、国籍の乗組員たちがいる。一応英語が標準語として使われているが、デヴィッド・ボウイポルトガル語で熱唱する黒人乗組員(セウ・ジョルジ)、チューリッヒからやってきた銀行員(バッド・コート)やズィスー(ビル・マーレイ)の息子と称する、ケンタッキー航空?の制服を着ている若者ネッド(オーウェン・ウィルソン)など、ここでは国籍などほとんど意味をもたない。元トラック運転手など、乗組員たちの経歴も様々で、しかも船員として、あるいは記録映画スタッフとしての仕事ぶりもかなり素人くさい。しかし、赤い帽子をかぶり、アディダスの靴を履き、制服を着て、ズィスーについていく決意さえあれば、いつでもチーム・ズィスーの一員になれる。彼らの間の抜けた動きと会話、そして彼らが作るいかがわしい記録映画は、国籍というフィクションに縛られている連中の生真面目さから自由である。もちろん、このいかがわしさを受け入れる余裕が映画の観客からなくなりつつあることは、映画の冒頭の映画祭の場面や、ズィスーが資金繰りに困るエピソードからも明らかで、そこにはウェス・アンダーソン監督の現状認識がこめられているように思える。
 彼らは国籍だけではなく血縁関係からも自由である。ネッドはおそらくズィスーと血縁関係がないだろう。しかしズィスーは彼を息子として受け入れていく。ズィスーの一番の部下を自任しているクラウス(ウィレム・デフォー)は嫉妬心からネッドと対立するが、やがて擬似的兄弟関係が成立する。船内には、妊娠しているジャーナリストのジェーン(ケイト・ブランシェット)がいる。彼女は相手の男性と別れ、子供を育てていく決意を固めている。ズィスーの妻エレノア(アンジェリカ・ヒューストン)はズィスーのライバルヘネシージェフ・ゴールドブラム)の元妻でもある。自分の船を海賊の襲撃で失ったジェフは最後にはベラフォンテ号に居ついてしまう。ここでは家族関係が、血縁関係に基づく核家族の形態から離れてある種の海洋生物のように次々と自由に形を変えていく。狭い潜水艇内にメンバーが集まって美しいジャガーシャークを見る場面では、復讐の対象だったはずの鮫を放心して見つめる彼らの間に絆のようなものが生まれる瞬間が描写されている。
 他の映画が生真面目にCGなどで表現しようとする本当らしさをはぐらかす脱力感がすばらしい。海賊との銃撃戦の、ズィスーにだけは弾が当たりそうにないばかばかしさや、アニメーションで作られた数々のカラフルな海洋生物のおかしさ、あと、どこを航海しているのか最後までさっぱりわからないところなど。それでいて、ベラフォンテ号の船内の構造は横断面のショットで正確に示されている。