キングダム・オブ・ヘブン

 物語の核になる人間関係、例えばバリアン(オーランド・ブルーム)と父(リーアム・ニーソン)の絆とか、バリアンとシビラ(エヴァ・グリーン)の恋愛関係などの描写がやや薄い気がするのだが、撮影したシーンをかなりカットしたらしい。また後でDVDの完全版が出るのだろうか。エヴァ・グリーンは後半特徴的な眼で状況を見つめるだけになっていて、これで演技を悪く評価されるのは気の毒かもしれない。
 キリスト教十字軍とイスラム軍の対立という題材は明らかに現在の政治状況を意識して選ばれたもので、イスラム側の描写はいままでのハリウッド映画とはかなり異なる。イスラムの指導者サラディン(ハッサン・マスード)とキリスト教側のボードワン4世(エドワード・ノートン)は賢明な人物だが、テンプル騎士団などは狂信的集団として描かれている。つまりどちらの指導者も敵と対峙する前に、聖地に向けられた部下たちの狂信的熱狂をまず抑えなくてはならない。そしてボードワン4世の死後、キリスト教側は狂信的熱狂に覆われてしまう。テーマは大変興味深いもので、だからこそ王と家来たちの関係などの人間関係の描写がもう少しちゃんとしていたらと思うが、映画にこめられたメッセージは真っ当なもので、これが十字軍を英雄とみなしてきたアメリカやヨーロッパでどれだけ受け入れられるのか気になる。
 この時代を舞台にしたアクションは、重い鎧と武具を身に着けた兵士たちの肉弾戦の描写が多く、動きが鈍重になりがちである。この映画もリドリー・スコット監督らしくカメラに土がかかるような画面で迫力を出したり、スローモーションを使ったりしてはいるが(相変わらず人物の位置関係がわかりにくい)、前半のアクションシーンは最近の同種の映画と同じような印象をもった。面白かったのは終盤のエルサレムの城壁を挟んで対峙した両軍が投石器を使う場面で、ここで戦場の空間が一気にダイナミズムを持ち始める。相手との距離を的確につかんで敵を迎撃する手順など、バリアンが知略を使って大軍の攻撃を持ちこたえるところが映画の最大の見せ場になっている。