ボーン・スプレマシー

 過去の記憶の断片に苦しめられるボーンの描写というパーソナルな側面と、国家間の利害がからむ事件というパブリックな側面が冒頭に続けて描写され、次に、ボーンがひっそり暮らすインドと事件の起きたベルリンという何の関係もない二つの場所が、ボーンを狙う暗殺者によって結び付けられる。各エピソードが緊張感を緩めることなく続いていき、寡黙な主人公(マット・デイモンが引き締まった表情と素早い身のこなしで演じている)を筆頭に無駄な説明的セリフがほとんどなく、俳優たちとともに移動するカメラからの映像が多用され状況全体を見渡す俯瞰的なショットが少ないので、観客は状況を理解するのにそれなりの集中力を要する。この作品では事件の推移だけでなく、忌まわしい記憶を取り戻していくボーンの心理も重要だが、セリフが少ないので鏡を見つめるときの表情の変化などを見落とさずに見ている必要がある。罪の意識が重くのしかかった主人公の顔にしっかりと光が当てられることは少なく、特に最後の贖罪の場面では逆光で影になっている。
 CIA,暗殺者、ボーンの三者が絡み合う展開の中で、複数の監視カメラと大勢のスタッフがいながら、CIAの組織は単独で行動する暗殺者にもボーンにも死角を突かれる。この互いに相手の死角をとりあう緊張感をともなった駆け引きが、俳優の背後に置かれた移動カメラの映像を多用して描写される。特に、総動員でボーンを監視しようとするCIAが彼を見失い、逆にボーンの方がCIAの司令室をライフルのスコープの中に捉えてしまう場面は痛快だ。そのボーンを脅かす冷酷な暗殺者をカール・アーバンが見事に演じている。また、CIAで作戦の指揮をとる女性諜報部員を演じているジョアン・アレンを筆頭に、CIAのスタッフにも、緊張感をそこなわない適切な俳優たちが選ばれていると思う。