アレキサンダー

 ここ数年作られてきた歴史物とは投入されている金額やスタッフ、キャストの数が違うことは、戦闘シーンの迫力から伝わってくる。そしてそれはアレキサンダーコリン・ファレル)の偉大さというよりもむしろ狂気を描こうとしているオリヴァー・ストーンにとっては必須のものだったのだろう。通信手段も交通手段も発達していないこの時代に、他の古代文明や帝国と比べても、アレキサンダーの獲得した領土は常軌を逸した大きさであり、度重なる遠征は普通の人間が抱く富や領土への欲望の範囲を超えている。部下から尊敬される輝かしい勝利で遠征を始めたアレキサンダーが、最後には疲弊した兵士たちからその理想の大きさを理解されずに孤立していき、彼のあまりに大きすぎる帝国がコントロールを失って自壊していくプロセスが、この映画の中心になっている。血みどろの死体の山と引き換えに彼が達した境地は狂気に近い。インドでの戦いで巨大な象に馬に乗って突進していき、弾き飛ばされ地面に横たわったときの妙に晴れやかな表情は、誰よりも偉大であれ、という声から自由になった瞬間だったのだろうか。
 故郷から遠ざかるように、部下の反対を押し切って遠征を続ける彼の動機を理解するために重要になるのは母親の存在である。夫に対する蛇のように執拗な復讐心と、息子に対する肌に絡みつく蛇のような官能的な愛情を併せ持つ母オリンピアスを、アンジェリーナ・ジョリーが見事に演じている。息子を王にするために父親の暗殺に関わったらしい母親から逃れるように遠征を続けながら、お前は神の子だ、偉大な王であれ、という母親の声は最後まで彼に絡み付いて離れない。部下に人間的であろうとする心と、神話の英雄のような偉業を成し遂げようとする強迫観念、二つの矛盾した感情が、インドでは彼を引き裂いてしまったように見える。