東京タワー

 詩史にとって社会的に成功している夫との生活、夫のサポートもあって成功している自ら経営しているセレクトショップがあり、そうした生活の隙間に透との情事がある。一方、相手の好きな音楽を聴き、相手の好きな本を読み、相手からかかってくる呼び出しの電話を待ち続ける透にとって、相手の色に染まっていこうとするこの生活が人生のほとんどすべてといっていい。詩史はこの一途さに引きこまれてこの関係に深入りして戻れなくなっていくのだが、透を演じる岡田准一はこの役に必要な透明感を感じさせてよかったと思う。待たされたり、突き放されたりしたときの彼のせつない表情がこの映画を支えている。詩史の裕福な生活ぶりや、黒木瞳岡田准一の甘いセリフもあって、二人の情事は日常生活から離れたファンタジーのようにさえ見えるのだが、ただ透をめぐって詩史と修羅場を演じるのが透の母親であるところに、この関係の近親相姦的な危うさが出ている。
 詩史の生活がほとんどの観客にとってあこがれであるのに対して、喜美子はいわば狭い台所に縛られた主婦であって、情事の間ですら食事の準備のことを忘れることができない。家事労働の場ではおさまりのつかない、普通の主婦が内に秘めている官能性を寺島しのぶがうまく表現している。喜美子と情事を重ねる耕二を演じる松本潤は、警備員姿で登場する最初の瞬間から、不良っぽい雰囲気を醸し出していて魅力的だが、結局は相手に振り回されてしまい困惑している表情も面白い。
 主役から脇役まで俳優はそれぞれいい演技をしている。演出に関して、甘い雰囲気のところはともかく、喜美子がらみの修羅場になると妙にドタバタと喜劇調になるところに違和感がある。喜美子について迫力を強調するような効果音や演出がされていたように思うが、かえって演技を台無しにしているのではないか。あと、透と詩史に関して、東京での別れのシーンでファンタジーのような世界から現実の世界に突き落とされた二人が、最後に迎えるエンディングが唐突な感じがして、東京でのシーンとうまくつながっていないような気がするが、原作ではどうなっているんだろうか。