ベルヴィル・ランデブー

 風刺漫画やギャグ漫画では、誇張されたキャラクターやキャラクターのおかしな動きを表現するために曲線が多く使われるが、手書きの曲線で構成された絵は写実的な絵と違いいつもずれやゆらぎをはらんでいて、これが動き出したら楽しいだろうな、と読者に思わせる。その読者の夢想はこの映画の冒頭で現実化される。一度聞いたら忘れられない魅力的なテーマソングに合わせて、画面上のあらゆる曲線が互いに共鳴しあいながらスウィングのリズムでしなり、弾む。主人公の住む家は線路をのけぞって避けるように曲がっているし、家の階段も自転車レースのコースも曲がっている。だからこの様な世界では悪役のマフィアたちは角ばった形状をしている。最近のCGアニメが写実性を高めるためにスクリーンから追い出した手書きの線の魅力がここにはある。
 この映画を構成するしなる曲線がもたらした感覚はテーマソングの歌詞、「グニャグニャしていたいんだ、ベルヴィルの三つ子みたいに」によく表れている。今のピカピカで清潔なCGアニメの世界にはない粘りつく感触が、三つ子のおばあさんたちがカエル料理をクチャクチャクチャクチャ食べているシーンによく表れている。そしてグニャグニャした主人公たちの身体はそれぞれ独特の感触を感じさせる。
 この映画で描かれる運動は、速さだけが取り柄ではない。むしろ自転車レースの山登りの場面のような動きたくても前に進まないいらだたしい遅さ、汽船やなんと大西洋を渡ってしまう足こぎボート、愛犬ブルーノの夢の中で出てくる奇妙な機関車の緩やかな動きも魅力の一つである。
 そして映画と自転車が融合した奇妙な装置が登場する。自転車をこぐという運動が映写機のリールを回すという運動に転化されるこの装置は、映画が運動と切り離せない関係にあることを示している。ただ、マフィアの賭博のために作られたこの装置は、漕ぐことを止めたら殺されるという苛酷な機械であり、それでいていくら漕いでもどこにも移動することができない。このスクリーン付きの装置がおばあちゃんと三姉妹のおかげで自由になり、ゆるやかに動き出す時、観客は運動を映すスクリーン自体が動き出すという奇妙な瞬間を目撃していることになる。ここで展開されるギャングの車とのカーチェイス?は、曲がり角を何度も曲がり、坂道をゆるゆる登っているうちに、スピードで上回るはずのギャングのほうがおばあちゃんたちのアイデアに負けてしまうという、今のハリウッド映画ではありえないカーチェイスになっている。