2046

 物書きであるチャウ(トニー・レオン)の前に現れる女性たちはみな報われない愛を生きている。そして彼女たちは相手が今自分のそばにいないことへの苛立ちや悲しさをまぎらわすため煙草を吸い、どうしても縮めることのできない相手との距離に涙を流す。彼女たちの恋愛に対してチャウはある時は当事者でありある時は観察者である。彼もまたスー(マギー・チャン)との激しく、そして報われない愛を経験していて、彼が煙草を吸いながら執筆している小説は2046、つまりその忘れられない記憶への旅である。もちろんそれは無傷ですむ旅ではなく、だから小説世界での作家の分身である木村拓哉は時に傷を負うこともある。彼は最初隣室の2046号室に現れる人たちを小説に取り込んでいるつもりだったが、実際のところそれは彼自身についての小説であることに気づき、そして彼はどうしてもそこにハッピーエンドの愛を描くことができない。
 煙草、涙、女性の足元。彼女たちの姿には共通点がある。ダンサーのルルを演じるカリーナ・ラウはインファナル・アフェアの続編と同じく年下の男性から熱烈に愛される役で、その愛が彼女に死をもたらす。夜の世界を生き抜いてきた貫禄を感じさせる彼女は煙草を吸う姿がよく似合う。次に2046号室に入る水商売の女バイはチャウと何度も夜を共にして、次第に彼のことを好きになっていくが、彼は恋愛関係になることを拒み続ける。愛してほしいがゆえに相手の前では虚勢を張ってしまう小悪魔的なバイ役にチャン・ツィイーはまさに適役である。この映画では恋愛が部分的に描かれることが多いのだが、彼女の場合出会いから愛情が深まっていき、そして別れるまでのプロセスをすべて描いているので、最後に彼の後姿を見送りながら今までの虚勢をすべて取り払って流す涙がとりわけせつない。カジノで出会うスー(コン・リー)は黒服に身をつつみ左手に黒い手袋をして感情を表に出さず過去を語らない。その黒服の下に押さえ込んでいた熱い感情が、チャウとの激しいキスと別れの後に涙となって流れていく。大家の娘ジンウェン(フェイ・ウォン)には日本人の恋人(木村拓哉)がいるが、父親にその交際を反対されている。一緒に来てほしいという彼の懇願に答えることのできない彼女は、彼が去ったあとに美しい涙を流す。彼の不在をカトコトの日本語をつぶやくことでまぎらわそうとする彼女の姿がせつない。この恋を観察しているチャウは彼女を放っておくことができず手紙のやり取りをサポートするのだが、彼の執筆活動を手伝ってもらったりしているうちに彼女に惹かれていく。今まで激しい恋を生きてきた彼だが、彼女との関係は穏やかで優しい。彼女への想いは彼の書く小説の中で主人公木村拓哉とアンドロイドのフェイ・ウォンとの関係となって現れる。彼の気持ちにアンドロイドの彼女はこたえることができない。大家の娘は結局日本に行って彼と結ばれるが、そのシーンが描かれることはない、なぜならそれはこの映画にふさわしくないから。その代わり、彼女への想いを満たすことのできないチャウの孤独な姿が映し出される。
 次々と現れる女性たちの表情や佇まいがどれもすばらしい。また、彼女たちの様々な恋愛を映し出しながらも、散漫な印象はなく、テーマ的な一貫性が保たれている。