堕天使のパスポート

 ロンドンの狭いアパートの一室で互いの慣習の違いに配慮しながら密かに相手のことを想って共同生活を送っているトルコ人移民(クルド人の可能性もある)のシェナイ(オドレイ・トトゥ)とナイジェリア人不法滞在者のオクウェイ(キウェテル・イジョフォー)。生活のために苦しい仕事をこなしながら、彼らは道徳的な一線を守り抜こうとするのだが、周りはそれすら許さず、二人は不法な臓器売買の取引に巻きこまれる。彼らが守り抜こうとする「純粋さ」と、それを犯そうとする周りの社会との葛藤が、サスペンスとなっている。そして一方的に押されまくって追い詰められた二人と友人の中国系移民、娼婦のチームプレイが最後に見せる逆転は爽快である。
 臓器と偽造パスポートの「取引」といっても、これは実際には搾取である。不法入国者は警察にも病院にも頼れないのだから、手術が失敗すれば彼らの臓器は無残にごみのように捨てられる。そして搾取する側にまわっている連中も、生きるために汚れ仕事に手を染めることを選んだ同じ社会階級の人間である。だから最後の勝利もささやかなものでしかない。彼らはとりあえず一つの窮地からは逃れたが、彼らが生きていく社会が変わったわけではないのだから。
 搾取しようとする周りの圧力に耐え続けるシェナイ役のオドレイ・トトゥもいいけれど、この映画を支えているのはキウェテル・イジョフォーの好演だろう。シェナイや仕事仲間に対してみせる彼の繊細な思いやりの表情がこの映画のラブストーリーや人間ドラマの側面を支えており、ホテルのフロントで移民局の人間に向ける鋭い眼差し、厳しい表情がこの映画のサスペンスの側面を支えている。