犬と歩けば チロリとタムラ

 冒頭の、タムラが飼い主に捨てられるシーン。不必要に犬の顔をアップで撮る(擬人化)のではなく、遠ざかっていく車と犬の距離で関係の断絶を表わしている。その後犬が街中をあてもなくさ迷い歩くシーンも含めて余計なセリフ、説明もないのだが、そこがこの映画のいいところだと思う。その後主人公の靖幸(田中直樹が動物との相性のよさを醸し出して好演)と出合うのだが、映画の中で何度も出てくるこの一人と一匹の歩行シーンは、二人の親密な関係が二人の「距離」としてスクリーン上で表されていてすばらしい。「クイール」の歩行シーンと比べたらただ歩いているだけに見える人もいるのだろうが、本当に撮影現場で信頼関係を形成してから撮影した(と思える)篠崎誠監督の演出のほうが私の好みだ。感動物語の代わりに動物介在医療というあまり知られていない世界を丁寧に描くことを監督は選んでいるのだが、犬の訓練場面、老人ホームを訪問する場面でも写そうとしているのはかわいい犬の顔だけではなく犬と人間の互いに対するリアクションである。愛しいと感じる存在に手を触れよう、距離を近づけようと手を伸ばすこと、それが登場人物たちにちょっとした奇跡を引き起こす。引きこもりの美紀(藤田曜子)が犬に誘われるように外に出て犬の引きひもをつかもうとしてなかなかつかめないシーンもそういう奇跡のうちの一つ。人間同士がどれだけ言葉を尽くしても解決しなかったことが、触れたい、という単純な気持ちを取り戻すことで解決する。
 人間同士のシーンの中では、美紀と美和(りょう)がドア越しに会話する場面が突出している。特に、それまでしっかりものとして気丈に振舞っていた美和が美紀に本音をぶつけられ、それまできつく後ろで縛っていた髪をほどき涙をうかべしゃがみこんでしまう時のりょうのクローズアップは、女優はもちろん撮影(米田実)もすばらしい。
 2週間で上映が終わってしまうところが多いのが残念だけれど、上海国際映画祭のThe Asian New Talent Award Film Competition 部門でグランプリを受賞したといういいニュースもある。自分の好きな作品が認められるとやはりうれしい。
 公式ホームページ: http://www.argopictures.jp/inuto/