恋の門

 松尾スズキ初監督作品。蒼木門(松田龍平)が石の漫画を描く(作る?)という点を除けば売れる漫画か売れない石の芸術家かの選択とか、風俗店の前で躊躇したりする初体験に関する話とか、案外ありきたりのキャラなのに対して、最初会社勤めして普通に見える証恋乃(酒井若菜)のほうが、普通のOL、コスプレマニア、同人漫画家、ネット詐欺商法の被害者、コスプレ風俗勤めなど、様々な姿で登場して物語の展開を支えるキャラになっている。コスプレツアーに連れて行かれたり恋乃に追いかけられたり、周りの個性的キャラに振り回されて戸惑ったりオドオドしたりする表情をぶっきらぼうな感じの松田龍平がやるのは案外はまっていておもしろい。実質的には主役といっていい酒井若菜は恋愛場面から暴走場面まで大活躍で、監督はこの人を撮りたかったんだろうなと思う。ゆったりした恋愛場面の描写では、コスプレツアーで泊まった旅館で、それまで石の漫画に固執して普通の漫画を拒否していた門が自分の漫画を書いている恋乃の隣でペンで絵を書き始める場面が、なかなかいい感じである。ゆったりした普通の場面があるとギャグの場面にも入っていきやすい。
 ただ次々とでてくる脇役たちのギャグは、本人たちは熱演しているけどその熱気が映画館の観客に伝わっていないような場面も多かったと思う。終盤に突然ミュージカルになる場面があり、忌野清志朗が歌っているんだからここは前半のコスプレツアーのときと違い盛り上がる場面のはずだが、あまりそうはなっていない。舞台ならおそらく舞台上の熱気が直接観客に伝わりやすいのかもしれないが、映画では普通の場面からミュージカルの場面にうまく移行しないとその場面だけ浮いてしまう。最近の映画だとスウィングガールズで短いミュージカルっぽいシーンがあった。主人公たちが信号機から流れる音に手拍子しているうちに、それがジャズのリズムになっていき、いろんな状況ででジャズのリズムに合わせて体を動かすようになる。手拍子という日常的なしぐさがそのまま増幅していってダンスになっていくので急に雰囲気が変わるという違和感がない。恋の門の場合、ゲスト出演の脇役が突然出てきて一発ギャグをやるところが結構あって、確かにそれなりに笑えるけれど、物語の流れを切ってしまっているところもあると思う。