クラッシュ


 The sense of touch という言葉で始まるこの映画は、他人に触れることの優しさと残酷さをこちらの肌にひりひりと感じさせる映画である。この映画を見た人なら、誰しも忘れられない「触れあい」の場面がいくつかあるのではないだろうか。
 鍵屋の父親(マイケル・ペニャ)が銃の恐怖におびえる小さな娘(アシュリン・サンチェス)に妖精の透明なマントをかけてやるときの、娘の髪をかき上げあごのところでひもを結ぶあの繊細な手つき。そして娘がそのマントで父親を守ろうとして駆け出す後ろ姿と、抱きついて父親の耳元で It's OK, Daddy とささやく瞬間。 
 黒人夫婦(テレンス・ハワード、サンディ・ニュートン)の自尊心を粉々にするいやしい行為をした白人警官(マット・ディロン)の手が、その黒人女性の命を救い出す手となり、さらには病気で苦しむ父親の肩と首にそっとおかれる優しい手となりうること。そこに私たちは希望を見いだせるかもしれない。しかし、その希望は絶望と紙一重のものである。先輩警官の人種差別に憤りを感じ射殺寸前の黒人男性を救った若い警官(ライアン・フィリップ)は、Wait till you've been doin' it a little longer. You think you know who you are, hmm? You have no idea. という先輩の不気味な予言をなぞるように、自分の無意識の中に刷り込まれた黒人への優越感や不信感をちょっとした誤解から暴発させてしまう。偏見に満ちた人間が人を救い、偏見に憤りを感じる人間が人を殺す。強盗の被害にあったペルシャ人の男(ショーン・トーブ)が鍵屋に発砲するエピソードからわかるように、人間同士の触れあいから生じる瞬間的な怒りや衝動を、銃は殺人へと簡単に変えてしまう。触れあいがもたらす恐怖が、LAの人たちを metal and glass の背後に押しやっているのだろうか。
 母と溺愛される弟を見ながら育ったグラハム警部(ドン・チードル)が、病室の前で自分をののしる母の前でうかべる、あの絶望に満ちた冷たい眼を、そして病院を立ち去る時に見せる悲しい表情を忘れることができない。触れあいのぬくもりから遠ざけられてきた男の表情。
 しかし、この映画は希望を指し示す方向へと向かっていく。自尊心を粉々にされ自暴自棄になっていた男が、LAでは珍しい粉雪が降る中でうかべる穏やかな表情と夫婦の和解。人に銃を突きつけて車を奪っていた男(クリス・リュダクリス・ブリッジス)が、ある事件をきっかけに何かを感じ始め、東洋系の移民たちを解放した時にうかべる満足した表情。治安の悪化に怯え、不信感をもちながら生きている都会の人々を描きながら、触れあい、ぶつかり合いがもたらすものを、この映画は肯定しようとしている。